Amazon Web Services ブログ
製造業における技能継承への生成AI・音声・映像の活用とサンプルソースのご紹介
はじめに
製造業における技能継承は、日本のモノづくりの競争力を維持する上で非常に重要な課題となっています。2024年度版モノづくり白書によると、製造業において能力開発や人材育成に問題があるとした事業所の割合は2022年度では82.8%に達しており、多くの企業が課題を抱えていることがわかります。
問題点の内訳を見ると、「指導する人材が不足している」という回答が最も多く、次いで「人材育成を行う時間が無い」「人材を育成してもやめてしまう」「鍛えがいのある人材が集まらない」といった課題が挙げられています。
これらの問題は、熟練技能者の退職や若手人材の確保難、業務の多忙化などが背景にあると考えられます。 こうした状況に対し、企業ではさまざまな取り組みが行われています。最も多いものは「退職者の中から必要なものを選抜して雇用延長、嘱託による再雇用を行い、指導者として活用している」というもので、熟練技能者の知識や経験を若手に伝承する努力がなされています。次いで、「中途採用を増やしている」「新規学卒者の採用を増やしている」といった人材確保の取り組みや、「退職予定者の伝承すべき技能・ノウハウなどを文書化、データベース化、マニュアル化している」といった知識の形式知化も行われています。
技能継承は一朝一夕には解決できない課題ですが、これらの結果から、技能伝承自体は多くの企業にて課題として認識はしており各社様々な取り組みを行っているものの、世代交代がうまくできていない現状が垣間見えます。
生成AIと映像・音声を活用したプラントメンテナンスデモの開発と AWS Summit Japan 2024 での展示
ベテランエンジニアの退職や若手人材の確保難により、貴重な経験やノウハウが失われつつあります。
この問題に対し、AWSとして何か提供できるソリューションはないかと考え、生成AIや音声・映像技術を活用した技能伝承支援ソリューションを開発しました。従来、技能伝承はテキストやマニュアル、ベテランエンジニアの経験と勘に頼ることが多かったのですが、これらだけでは経験の浅いエンジニアが高品質な製品を作ったり、複雑な設備を適切に保守したりすることは困難です。特に、設備の異常時に物理現象の意味を理解し、正常な状態に復旧させるには、分厚い保守マニュアルや大量の過去の作業報告書から似た事象を探したり内容を読み解く必要があり、都度発生する事象に柔軟に対応しようとするのは非常に困難です。
データ化は客観的な判断や記録保存の観点から重要です。しかし、ベテランエンジニアの五感による経験や、明文化しづらいノウハウも併せて伝承されてこそ、安定した製品品質を保つためには重要です。これらをいかにして次世代に引き継ぐかが、製造業の未来を左右する一つの鍵となるでしょう。
本ソリューションでは、生成AIのサービスである Amazon Bedrock が過去のデータや膨大な資料から効率的に解決策を推測します。同時に、Amazon Chime の Chime SDK を利用してベテランエンジニアがリモートから映像や音声を通じて若手を支援することで、実地での経験を効率的に積むことができます。この複合的なアプローチにより、若手エンジニアは机上の知識だけでなく、ベテランの勘やコツも学ぶことができます。また、ベテランの知識をデジタル化して保存することで、長期的な技能伝承にも貢献します。 製造業の未来は、人間の経験と最新技術の融合にあります。
本デモは、本年6/20 – 6/21 に千葉県の幕張メッセで開催されたAWS Summit Japan 2024にて、製造業ブースで「生成AI・音声・映像によるプラント保守」をテーマにデモを出展しました。2日間で600名以上のお客様にご来場いただき、盛況のうちに幕を閉じることができました。デモのタイトルにもなっているプラント関連のプロセス製造業だけでなく、組み立て製造業やSIer様など、幅広い業種の方々から技能伝承についてご関心をいただいていることを実感することができました。ご来場いただいた方々に改めて御礼申し上げます。
公開版ソリューションのご紹介
この度、本ソリューションを皆様にご活用いただけるように、AWS Summit Japan で展示したデモから IoT の部分だけを外して汎用化して公開させていただきました。下記のURLからダウンロード可能です。
https://github.com/aws-samples/knowledge-transfer-by-genai
本ソリューションは、AWS CDK (Cloud Deployment Kit) というサービス向けのテンプレートとして提供させていただき、AWS 上に展開しやすくしております。お手持ちのAWSアカウントに10分程度の作業で手間をかける展開できますので、ぜひお試しください。
本ソリューションでは
- ユーザーは Amazon Bedrock を介してAIとチャット形式でコミュニケーションを取ります。
- AIは RAG(Retrieval-Augmented Generation)手法を用いて、Amazon OpenSearch Serverlessから既存の知見を検索し、適切な回答を提供します。
- これらの知見は、事前にS3バケットに保存されています。
- AIが対応できない既知の明文化された知見で対応できない新しい問題が発生した場合、Amazon Chimeを通じて熟練者とリアルタイムでビデオ通話が可能です。
- 通話後、Amazon Transcribeが通話を文字起こしし、Amazon Bedrockがその内容を要約します。この新たな知見が追加されることで、将来的なトラブル対応の回答率向上につながります。
このソリューションは、知識の蓄積と効率的な活用による技能伝承を実現し、組織全体の問題解決能力を高めることができます。ぜひ、皆様の環境で試してみてください。ご質問やフィードバックをお待ちしております。
応用例のご紹介
本ソリューションを活用して、 AWS Summit にて展示させていただいたような実物のプラントとIoTサービスを使って連携した応用例をご紹介します。応用例については、こちらの動画も併せてご参照ください。
また、こちらの応用構成は11/21 – 11/22 に東京ビッグサイトで開催されるケミカルマテリアルJapan2024のAWSのブースにて展示いたしますので、お誘いあわせの上ご来場ください。
このソリューションでは、まず設備のデータをPLCで収集し、たけびし社製のデバイスゲートウェイを介してAWS IoT Coreのトピックに取り込みます。PLCから発せられたエラー情報は、Amazon Bedrockを利用して高度な解析を行うことができます。 具体的なアーキテクチャは以下の通りです:
- デバイスゲートウェイからMQTTプロトコルを使用して、AWS IoTのトピックにPLCのデータを送信します。
- IoT Ruleを活用し、PLCのデータはAmazon Timestreamに、アラート情報はAmazon DynamoDBにそれぞれ格納します。
- APIを通じて、必要なデータを容易に取り出せるようにします。
ソリューションに AWS IoT Core などを追加接続して、模擬プラントが発するエラーを分析するためのアーキテクチャ
このアーキテクチャの主なポイントは、リアルタイムデータ収集、効率的なデータ保存、そして柔軟なデータアクセスにあります。MQTTプロトコルを使用することで、低遅延かつ信頼性の高いデータ転送が可能となり、IoT Ruleによって適切なデータベースへのルーティングが自動化されます。 さらに、Amazon Bedrockを活用することで、PLCから発せられたエラー情報に対して過去の作業レポートと突合することで原因だけでなく、具体的な対処方法案の提示が可能になります。これにより、潜在的な問題の早期発見や、予防保全の実現につながる可能性があります。
PLCが発するエラーコードをもとにソリューションが対処案を提示する様子
終わりに
このソリューションは、製造業におけるデータ駆動型の意思決定を支援し、生産性の向上やコスト削減に貢献することが期待されます。IoTとAIの融合により、従来は見過ごされていた微細な変化や傾向を捉えることができ、より効率的で高品質な製造プロセスの実現に近づくことができるでしょう。ぜひご活用ください。
著者について
大井 友三 アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 ソリューション アーキテクト 日系SIer、外資サーバーメーカーを経てAWS Japan に入社。現在は主に化学・素材などのプロセス製造業のお客様をメインに技術的なご支援をしています。 |