Amazon Web Services ブログ
クラウドベースの機械学習モデルで配送時刻を予測するには
ここ数年、e コマースとオンライン販売の増加に伴い、輸送・物流ビジネスの需要が高まり取引量が増加しています。しかし、このような喜ばしい成長に伴って、サービス提供の確実性と信頼性を求める顧客の要求はますます厳しくなっています。また、競争が激化していることから、事業者は利益を削って価格を下げざるを得ない状況となっています。
最近の BCG の調査によると、COVID-19 のパンデミックが世界の e コマース量のさらなる増加に寄与し、米国の売上だけでも前年比 58% の増加となったとのことです。しかし、大手宅配業者や郵便業者は収益性の低下や全体的な財務状況の悪化に悩まされています。今日のサプライチェーンは従来よりもダイナミックかつ脆弱なものになっており、物流事業のスケーラビリティと収益性を維持するためには従来とは別のツールが必要です。
ソリューション
AWS プレミアコンサルティングパートナーである Inawisdom 社は、輸送・物流業界の多くの企業に対して AWS と共同で機械学習 (Machine Learning : ML) の技術を提供し、これらの新たなチャレンジや必要事項に対応できるよう支援してきました。
AWS は、輸送・物流業界のお客様のエンドツーエンドのオペレーションにおける最も重要な分野に影響を与えることで、変革に取り組んでいます。最も重要な分野とは、次の分野を含みます。
- 正確な輸送時間予測と、輸送状況の迅速かつ効果的なフィードバック
- カーボンフットプリントを含めた輸送・配送コストの最適化および、再配送の削減
- 需要予測とリソース管理による、輸送網の最適なキャパシティでの稼働
- より高い正確性とコミュニケーションによる、顧客体験と商品提供の充実
- COVID-19 のような想定外の変化や課題への迅速な対応
この業界におけるアーリーアダプターであり、先見性のある企業として最もよく認知されているのが、世界的な物流業者である Aramex 社です。Aramex 社は中東に本社を置き、グローバル・リージョン内を問わず、毎日何千もの出荷量を捌いています。e コマースの変革に積極的に対応して自社の差別化を図るため、Aramex 社は顧客とオペレーショナルエクセレンスに焦点を当て、ビジネスサプライチェーン全体のデジタルトランスフォーメーションを推進しています。
本ブログでは、 ML が現実世界の輸送・物流事業にどのような影響を与えるのかを見ていきます。また、ML を使用して輸送時間を予測することへの Aramex 社の取り組みと、それがビジネスと顧客にもたらすメリットについて、深く掘り下げていきます。
Aramex 社のジャーニー
Aramex 社は、常に変化する周囲の世界に革新的かつ迅速に対応してきました。これには、クラウドソーシングなどを活用して新たなケイパビリティをビジネスに取り込むこと、自動運転のような新しい技術へ投資すること、高度なオムニチャネルを活用して顧客へアプローチすることを含みます。Aramex 社は、常に自社を差別化し、全顧客に提供するサービスを継続的に改善することを競争の激しい市場における重要な推進力としています。
図 1 デジタルエクスペリエンス
2018 年、このようなイノベーション文化を背景に、Aramex 社の CDO である Mohammad Sleeq は図 1 に示すような「デジタルエクスペリエンス」と呼ばれる中核的な新戦略を打ち出しました。その戦略の中心となるのがデジタルコアです。デジタルコアは、ビッグデータと ML を含む高度な分析を用いて、顧客の「ラストワンマイル」を革新するものです。物流におけるラストワンマイルとは、輸送プロセスの最後の要素のことです。多くの場合、最も変化が激しく予測が難しい要素ですが、顧客にとっては最も重要な要素です。Aramex 社は、ML を利用して輸送時間を予測することでラストワンマイルの予測精度を大幅に向上させ、お客様のための重要な改善を実現しました。
輸送時間を予測する機械学習モデルの構築
輸送時間をより正確に予測するには、輸送時間を単一のものとして考えるシングルレッグアプローチ、または複数の輸送時間に分けて考えるマルチレッグアプローチが使えます。一般的にマルチレッグアプローチでは、異なる特徴量を使い、それらが各輸送時間に与える影響が異なるため、より効果的です。国際貨物における輸送時間の要素の例は、次の通りです。
- 出発地までの集荷 : 荷物を集めてから、輸送拠点へ到着するまでを指します。
- 出発地から目的地までのフライト時間 : 荷物の輸送拠点から出発して、飛行機へ積み込まれ、フライト時間を経て目的地で荷降ろしされるまでの時間を指します。ここで最も重要度が高いのは、フライトの距離です。
- 税関を通過する時間 : 荷物の価格、税金の有無、曜日により大きく異なります。これは、曜日によって扱える荷物の数や税関職員の勤務時間が異なるためです。
- ラストワンマイル : 税関を通過した後にもう一方の輸送拠点に到着し、バンへ積み込まれ、最終顧客へ引き渡されるまでを指します。
簡単のために、出発地から目的地までのフライト時間のデータを見てみましょう (これは実際の Aramex 社のデータではないことに注意してください。実際のデータは安全に保管されています) 。このデータは、モデル構築において考慮すべき特徴量と、その重要度を明確に示しています。
図 2 特徴量
目的変数を予測するには回帰モデルを使用します。データセットやアルゴリズムによっては、さらに特徴量エンジニアリングが必要となることがあります。輸送時間予測モデルの構築には、Amazon SageMaker XGBoost アルゴリズムを使用し、実際のデータセットには 12 以上の特徴量 (数値およびカテゴリ値の両方) が使用されています。学習には 630 万行のデータを使い、1 台の ml.m4.4xlarge インスタンスで 8 時間を要しました。
一度学習させれば、あとはテスト予測を行うことができます。以下の表は、シンプルな予測例です。
アーキテクチャ
デジタルコアと輸送時間予測のユースケースのアーキテクチャは、データレイク/レイクハウスの整備がベースとなります。これには、Aramex 社のビジネスを取り巻く多くのソースからデータを取り込み、データを一元管理することが含まれます。そして、高度な分析と ML を利用して、この情報のリポジトリとそれに含まれる豊富なデータを活用します。これは、サーバーレスアプローチを使用して次のようなアーキテクチャで実現されました。
図 3 アーキテクチャ
図 3 に示すアーキテクチャは 2 つの重要な要素を持ちます。まず、24 のノードを持つ Amazon Redshift クラスタは、3.5 TB のデータ (過去 3 ヶ月分) をホットデータとして保存し、Redshift Spectrum を使用してAmazon S3 に保有する 7 年半以上のデータをクエリします。もう一つの重要な要素は、Amazon SageMaker です。Amazon SageMaker は、ノートブックによるインサイトの発見、モデルのトレーニング (Aramex 社の全ユースケースで昨年中に 600 時間以上) 、イド (イスラム教の祝日) やブラックフライデーなどのピーク時に図 4 に示すような 1 日あたり最大 400 万件のリアルタイム推論を処理するなど、多方面で利用されています。
図 4 日ごとの予測
これらの要素は、Amazon API Gateway や AWS Lambda などのサーバーレス技術を使って組み込み、統合されており、結果として 200 ミリ秒以下という目標応答時間を達成しています。図 5 は、p50 、p90 、p95 の各パーセンタイルの応答時間を、ミリ秒単位で示したグラフです。
ビジネス結果
輸送時間予測の ML モデルは、配送時刻予測の精度を 74% 向上させ、コールセンターにおける問い合わせ件数を 40% 削減することに役立ちました。輸送時間予測のユースケース、アーキテクチャ、取り込みプロセスは、2019 年にわずか 8 週間で構築され、現在では過去 2 年間での拡張を経て ML を活用する 15 以上のユースケースをカバーしています。
Inawisdom 社の強み
Inawisdom 社は AWS プレミアコンサルティングパートナーであり、2020 年に EMEA の Amazon Machine Learning Partner of the Year として認定されました。Inawisdom 社は、 ML とそのライフサイクルのあらゆる側面で企業を支援することを専門としています。ML 活用機会の定義、データから得られるインサイトの発見、 ML モデルとソリューションの開発、それらのソリューションの組み込み、そして COVID-19 のパンデミック時に見られたような行動およびデータの変化に対するモデル最適化を含む運用などです。
Inawisdom 社は、 ML およびデータに対してフルスタックなアプローチをすることができます。これは、Inawisdom 社内に AWS のエキスパートが集結した専門チームがあることで、初めて実現可能となります。この専門性は、 ML だけでなく、様々な分野に横断しています。 ML のデプロイメントにおける鍵は、データの取り込みと管理、AWS アカウントの構造と戦略、ネットワーキングと接続性、インフラとセキュリティ、プラットフォームとスケーラビリティ、DevOps 、MLOps など、多岐に渡ります。このように幅広いスキルとエキスパートを備えているのは、この領域での長年の実績、クラウドネイティブのノウハウ、そして卓越した社内体制があるからです。
Aramex 社にとって、Inawisdom 社はデジタルエクスペリエンスを迅速かつ効果的に提供することへのフォーカス、専門性、能力を持っている存在でした。Aramex 社が以前に ML を導入しようとした際には、ビジョンを実現するための適切な専門性とスキルセットを見出すのに苦労していました。今回の取り組みは、デジタルコアの確立という Aramex 社の戦略における中心的な要素として始まりました。Inawisdom 社は Aramex 社のデジタルコアを構築し、Jupyter Notebooks で作成した輸送時間予測モデルにより、信頼性の高い予測をデジタルエクスペリエンスに組み込むことのできる完全なソリューションを、8週間で構築したのです。最終的に、Inawisdom 社はこのソリューションを 24 時間 365 日体制で管理 (定期的なモデルの再トレーニングなど、 ML オペレーションを含む) しているため、ソリューションの精度と価値を長期にわたって保証しています。
AWS の強み
Aramex 社のような運輸・物流企業が AWS の ML 技術を選んでいるのは、サプライチェーン横断で存在する多くのユースケースやニーズを解決できる AWS の ML サービスの幅広さと奥深さを評価しているからです。AWS は 3 つのレイヤーの ML 技術を提供します。スタックの最上層には、お客様がアルゴリズムを構築・トレーニングすることなく、既存のアプリケーションやビジネスフローに組み込むことができる AI サービスがあります。特に輸送・物流業界向けに、AWS は出荷量を予測するための時系列予測、金融取引をより安全にするための不正検知、法律や商取引の文書から実用的な情報を抽出するための自然言語認識などの機能を提供しています。スタックの中間に位置するのが Amazon SageMaker で、あらゆる開発者やデータサイエンティストに、 ML モデルの構築、トレーニング、デプロイを大規模に行える機能を提供します。 ML ワークフローの各ステップから複雑さを取り除くことで、お客様は、予知保全、コンピュータービジョンを応用した貨物整理の最適化、顧客行動の予測などの ML のユースケースを、より簡単にビジネス適用できるようになります。スタックの最下層は、高度な開発者やデータサイエンティストを含む、 ML の専門家向けです。このレイヤーを使用する企業は、AWS クラウド上で利用できる ML ワークロード用の最もコスト効率が高く幅広いコンピューティングリソースを活用して、モデルの構築、チューニング、トレーニング、デプロイ、および管理を自ら行い、フレームワークレベルで作業することができます。
より詳しく知るには
Inawisdom 社と AWS が最先端の AI/ML 技術を用いていかにあなたの組織のお手伝いができるかについて、より詳しく知るには Inawisdom 社にお問い合わせください。また、Aramex 社のケーススタディ全文で詳細をご覧ください。ML を始める準備ができている場合は、AWS ソリューションライブラリオファリング (Machine Learning Discovery-as-a-Service) をご覧ください。
著者について
Michele Sancricca
Michele Sancricca は、AWS の輸送・物流テクノロジーのワールドワイドヘッドです。以前は Amazon Global Mile のサプライチェーン製品の責任者を務め、世界で2番目に大きな海運会社である Mediterranean Shipping Company のデジタルトランスフォーメーション部門を率いていました。引退した少佐である Michele は、イタリア海軍で電気通信士官および指揮官として 12 年間過ごしました。
Phil Basford
Phil Basford は、非常に経験豊富なプリンシパルソリューションアーキテクト、リードデベロッパーであり、Inawisdom 社の実務責任者でもあります。Inawisdom 社の AWS APN アンバサダー、ML と MLOps の SME であり、クラウドエバンジェリスト、オープンソースコントリビューター、ブロガー、建築家でもあります。5 年以上の AWS 経験を持ち、AWS 認定ソリューションアーキテクトプロフェッショナル、AWS DevOps エンジニアプロフェッショナル、AWS ML スペシャリティを含む 8 つの AWS 認定資格を取得しています。また、ソーシャルメディアとオンラインゲームの分野で 15 年以上の商業開発の経験を持っています。Inawisdom 社に入社する前は、B2B と B2C の両方で様々なスタートアップ企業の中心メンバーとして、創業から買収、そして収益化までのすべてのステージに関与してきました。また、プロダクトオーナーやビジネスデベロッパーと協力し、顧客やユーザーの要求を満たすための支援も行いました。
翻訳は Solutions Architect 内間が担当しました。原文はこちらです。