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Amazon QuickSightのダッシュボードでモバイルゲームのKPIを分析する

この記事は、 QuickSight Demo Central に公開したサンプルダッシュボードを用いて、ゲームビジネスにおけるデータ分析基盤導入の課題と解決策を説明します。

はじめに – ゲームビジネスにおけるデータ分析の重要性

こんにちは、ゲーム業界のお客様を中心に支援を行っているテクニカルアカウントマネージャの坂本です。ゲーム業界のお客様からデータ分析基盤に関するご相談、お問合せを多くいただいています。近年のゲームビジネスでは、 Free-To-Play を基本としたオンラインゲームのように、リリース後もゲーム要素の追加やゲームバランス調整などのアップデートを継続的に行うゲームサービスとして提供することが一般的です。ゲームサービスをビジネスとして成功させる、運営を通して売れるゲームサービスにしていくためには、ゲームサービスを継続して改善し、ユーザーのニーズに応え続けることが必要です。この継続的な改善を迅速かつ的確に行うためには、ゲームデザイナーの勘や経験から導出された定性的な情報だけでなく、ゲーム内のユーザー行動を通して生成されたデータの分析結果という定量的な情報も必要です。データ分析基盤を構築し効率的にデータを収集、 BI(Business Intelligence) ツールを用いてデータを可視化することで、ユーザー行動のトレンドの変化を一目で確認できるようになり、実施した施策が売上や DAU(Daily Active User) などの KPI にどのように影響を与えたのか、仮説が正しかったのかを効率よく検証できます。加えて、可視化したデータを利用することで、ゲーム運営に携わる関係者が、ビジネス目標の達成状況や改善結果を効率よく共有、理解できるようになります。このように、定性的な情報に加えて、定量的なデータを可視化して活用することで、迅速かつ的確にゲームサービスの改善に向けた意思決定を行うことができます。本記事ではゲームビジネスにおけるデータ分析基盤導入の課題と解決策を、データ分析基盤のアーキテクチャ、および Amazon QuickSight によるサンプルダッシュボードを QuickSight Demo Central に公開しましたので、そのダッシュボードを用いてご説明します。

ゲームビジネスにおけるデータ分析の課題と解決策

お客様からご相談をいただく中で、先述のようなゲームビジネスにおけるデータ分析の重要性は感じられていますが、実際にはデータ分析基盤の導入まで至っていないことが多くあります。売上、DAUなどゲームビジネスの基本的なKPIはデータベースからデータを抽出し表計算ソフトで集計されているものの、あくまでビジネス状況を中心に表層的な把握に留まっており、ゲームサービスの運営における意思決定は勘や経験といった定性的な情報に基づいているという実情をよく伺います。このようにデータ分析の重要性は感じられていながらも、現実としてデータ分析の導入が進んでいない原因としては大きく2つの課題があると考えています。1つ目はゲームビジネスにおいてデータ分析基盤とBIツールを用いたデータ分析方法が一般的なナレッジとして普及していないという課題。2つ目はデータ分析基盤のスケーラビリティと導入の優先度を上げられないという課題です。

1つ目の課題について、お客様から Amazon QuickSight でゲームにおけるデータ分析のダッシュボードのテンプレートがあるかお問合せをいただくことが非常に多いことからも、ゲームビジネスでどのようにデータを可視化して分析を行えば良いのか悩まれるお客様が多いことが伺えます。背景にはゲームサービスに関わるドメイン知識と、データ分析の技術スキルの両方を兼ね備えた人材の獲得や育成が難しいことが挙げられます。本記事では、データ分析を専門分野とされていないお客様にも、効率よくデータ分析基盤を導入いただけるように、ゲームビジネスにおけるデータの可視化と分析の例を、 Amaozn QuickSight のデモを用いて説明します。詳細は後述しますが、 Amaozn QuickSight というクラウドネイティブなサーバーレスの BI ツールを用いることでデータ分析の専門知識を備えていないエンジニアやゲームの企画運営に関わる方でも簡単にデータの可視化を始めることができます。

2つ目の課題の背景としては、ゲームサービスは不確実性が高く、売上やユーザー数が変動するという性質があります。この性質により、データ分析基盤に必要なインフラの見積もりが困難になり、データ分析の導入が難しくなっています。この課題を解決し、データ分析基盤の費用対効果を最大限に高めるためには、ユーザー数やデータ量の変動に合わせて柔軟にスケールできる仕組みが必要です。他にデータ分析の導入に対する優先度を上げられない要因として、ゲームをリリースするまではゲーム開発にフォーカスしなければならずリリース前からデータ分析基盤を構築することに労力を割けないということが挙げられます。また、ゲームがリリースされた後でゲームサービスの本番環境に影響を与えないように分析用ログの追加・アプリケーションの変更を加えようとすると、リリース前にデータ分析基盤を構築するよりも多くの工数が必要になります。加えて、リリース後は運用業務のタスク量が多く、ゲームのユーザーに直接的に価値を提供できるタスクの優先度が高くなることから、ゲームのリリース後にデータ分析基盤を導入することは非常に難しいです。これらの理由から、お客様がデータ分析の必要性を理解されていてもゲームのリリース前、リリース後ともにデータ分析基盤の構築がなかなかできない状況であると考えています。この課題を解決するために、本記事では AWS が提供するサーバーレスサービスを組み合わせたデータ分析基盤の参考アーキテクチャをご紹介します。お客様はサーバーレスサービスを組み合わせるのみという少ない工数でデータ分析基盤を構築できます。加えて、サーバーレスサービスは使用量に応じた従量課金制のため、ゲームサービスの規模やご利用状況に合わせたリーズナブルな料金でご利用いただくことができ、トラフィックの増減に応じた柔軟なスケーラビリティも確保することができます。

ゲームのサーバーサイドとデータ分析基盤のアーキテクチャ

ゲームにおけるデータ分析基盤のアーキテクチャをご紹介するにあたり、まずはゲームのサーバーサイドのアーキテクチャをおさらいします。ゲームのサーバーサイドは大きく分けて、インゲームとアウトゲームで構成されます。インゲームはRPGゲームにおけるクエストやアクションゲームにおけるバトルなどゲームの主体となる遊びの部分です。アウトゲームは認証、アイテム購入、キャラクター管理といったインゲームを支える周辺機能を指します。以下のアーキテクチャ図においては、インゲームはリアルタイムサーバーに代表されるようなゲームサーバーが担い、アウトゲームはゲームバックエンドがその処理を行います。ゲームバックエンドでは、アイテムの購入履歴など、データの一貫性と耐久性が必要なデータは Amazon Aurora などのリレーショナルデータベースに保存し、セッション情報や一時的に高頻度で使われるデータは Amazon ElastiCache などのインメモリデータベースにキャッシュすることが一般的です。一方で、これらのデータベースに保存しないゲームバックエンドのアクセスログや、ゲームサーバーで出力されるユーザーの行動ログ、およびアプリケーションが出力するエラーログといった様々なログはログ収集サービスを使用してログ保管用のストレージに蓄積します。リレーショナルデータベースに保存されているユーザーのプレイ状況やゲームの売り上げといったデータとログに記録されているユーザーの行動を組み合わせて分析するためには以下のアーキテクチャ図のようなデータ収集の仕組みが必要となります。

図1:ゲームのサーバサイドとデータ分析基盤のアーキテクチャ

データ分析基盤は「データ収集」、「保管」、「分析」、「可視化」の4つのレイヤーで構成されます。

  1. データ収集レイヤーでは、データベースなどのデータソースからデータを抽出して、分析レイヤーで分析がしやすいフォーマットに加工、圧縮を行います。このアーキテクチャでは、データベースのデータを、サーバーレスなデータ統合サービスである AWS Glue を使用して抽出、加工します。ゲームバックエンド、およびゲームサーバで生成されたログは Amazon CloudWatch 、またはログストリーミングしたデータをストレージや分析サービスに容易に連携できる Amazon Data Firehose を使用して収集します。
  2. 保管レイヤーでは、データ収集レイヤで抽出、加工したデータを Amazon S3 で保管します。
  3. 分析レイヤーでは、データの可視化や分析に使用するデータを作成するために、 Amazon Redshift Serverless を使用します。 Amazon Redshift Serverless はデータウェアハウスサービスである Amazon Redshift のServerlessオプションで、お客様にクラスタの管理をいただく必要はなく、処理を行った分だけお支払いをいただく料金モデルとなっています。
  4. 可視化レイヤーでは、分析レイヤーで集計されたデータをBIツールである Amazon QuickSight を使用します。 Amazon QuickSight はお客様にインフラを管理いただく必要はありません。

これらのサーバーレスなAWSのデータ分析サービスを組み合わせて、ご利用いただくことで、サービスの規模に応じた料金と柔軟なスケールメリットを享受することができ、データ分析基盤の効率的な実装と運用を実現することができます。

Amazon QuickSight について

Amazon QuickSight は、クラウドネイティブなサーバーレスの BI ツールです。お客様による分析用サーバーのセットアップは必要なく、すぐに使いはじめて、お手元のデータを分析することが可能です。また、少人数での小規模利用から数万人規模の大規模活用まで、利用人数に応じた柔軟なスケーリングが可能です。他のAWS サービスとネイティブに統合されており、お客様に必要とされる堅牢なセキュリティを備えたデータ分析環境を迅速に構築することができます。詳細は、 Amazon QuickSight の特徴 やこちらのブログ記事にて解説されています。また、 Amazon QuickSight は月額課金となっており、ご利用いただくユーザー数に応じた従量課金で料金が発生します。そのため年単位でのライセンス契約などは必要なく、ご利用者数の増減に対して細やかに対応できます。

デモダッシュボード

QuickSight Demo Centralのデモは以下のユースケースを元に作られています。

ユースケース

ペルソナ – ダッシュボードの利用者

ゲームプロデューサー、ゲームディレクターなどゲームの企画運営に関わる方
ゲームバックエンドの開発・運用に関わる技術者の方で、チームにデータ分析を導入したいと考えている方

ストーリー

ゲームパブリッシャーのA社では日本国内ユーザー向けの Free-To-Play のモバイルゲームを企画、開発、運用している。今まではゲームタイトルごとの月毎の売上、 DAU(Daily Active User)などの基本的な KPIデータの収集のみを行なっていた。ゲームのアップデート内容は、ゲームプロデューサーとゲームデザイナーが自身のアイデアや過去の経験などの定性的な情報のみに基づいて意思決定をしている。アップデートに対するユーザーの反響が良い場合も多々あったが、追加するゲーム要素、ゲームバランス調整などの改善の効果を計測することができず、意思決定が正しかったのかデータに基づいて定量的に検証することができない。また、想定していなかったキャラクターが流行した際には効果の測定と検証をする仕組みがないため流行した理由が分からず、反響の大きかった要因を分析して論理的に説明できないことも課題であった。昨今ではゲームからユーザーが早期離脱してしまい、ゲームタイトルがリリースから1年未満の短期間でサービス終了となることも珍しくない。ゲーム開発には数億円規模の投資がされており、投資資金の回収、計画した利益の創出といったビジネス目標の達成には、定常的なゲームサービスの状況把握、定量的なデータに基づいた仮説検証、および継続的な改善によるゲームサービスの長期運営が必要となる。

A社では新規タイトルとして得意領域であるマルチプレイヤーに対応したロールプレイングゲームの開発を決定した。このゲームの課金要素はゲーム内通貨のジェムである。ユーザーはこのジェムを使用してガチャを購入することで、ランダムに抽選された、武器または防具を入手できる。プレイヤーは戦闘で得た経験値でキャラクターのレベルを上げ、より強い武器と防具を使用することで、ゲームを有利に進めていくことができる。人気のあるアニメ作品や漫画とのコラボレーションによるイベントの開催も集客要素の一つとして計画した。このコラボレーションイベントに合わせた期間限定ガチャを提供することで、プレイヤーの購買意欲を高める戦略とした。

A社はビジネス目標を確実に達成するために、アイデアや過去の経験などの定性的な情報に加えて、データ分析基盤で収集した定量的なデータを用いて、ゲームサービスの状況把握と継続的な改善に取り組むこととした。

データの分析例

データ分析のポイントは2つあります。1つ目は可視化することでデータの変化を一目で確認できること、2つ目は売上や Active Users などの基本的なビジネスKPIとユーザー行動の両面で分析することです。可視化によって、ゲームのアップデートや施策をユーザーに提供したタイミングと、ユーザー行動やビジネスKPIの変化を時系列順に確認できます。これにより、あるアップデートや施策によって、ユーザー行動がどのように変化し、どれくらいKPIに影響があったかを効率よく確認することができます。

ではQuickSight Demo Centralの画面を見てみましょう。ゲームのKPI分析の例は[図2]のとおりです。このダッシュボードの一番上[図2(1)]にゲームの主要なKPIを表示しています。これらのKPIはすべて、ゲームビジネスの売上にかかわる指標です。主要KPIを表示することで、ビジネス目標の達成状況が一目でわかります。「売上合計」はある期間にゲームで売り上げた金額の合計です。これは、ゲームビジネスにおいて最も重要なKPIです。「Active User」 は指定した期間に遊んでくれたプレイヤーの数、「Average Revenue Per Paid User(ARPPU)」は課金しているプレイヤー1人あたりの平均売上金額、「新規ユーザ数(新規インストール数)」は指定した期間に新たにゲームに参加したプレイヤー数です。

図2:KPI分析シート/主要KPI・KPI時系列分析

このダッシュボードでは、[図2(2)]のそれぞれのグラフで、 KPI の日ごとの変化を時系列に一目で確認できます。これらのデータの推移と施策を実施したタイミングを照らし合わせて分析することで、実施した施策が各KPIにどのように影響したのか容易に確認できます。Free-To-Playにおいて課金/無課金プレイヤーは大きく異なり、ゲームビジネスを継続するためには、課金プレイヤーにいかに満足してもらいながら対価を支払ってもらえるかが重要です。 ARRPU の変動を分析することで、ゲームサービスがその対価を支払うに値し続けているかを確認することができます。ARRPUを上げることが必ずしも正解ではなく、一時的に上がった後に下がってしまった場合は、短期的に課金のプレッシャーが高まってしまい、ユーザエンゲージメントが下がってしまった可能性があります。ARRPUの変動と合わせて確認したいのが Conversion Rate(CVR) です。 Conversion Rate は、その日の Active User の中で課金したユーザの割合を示しています。新しい商品を追加した時に、ARPPUは変動させずに課金ユーザー数を増やしたいのか、既に課金しているユーザーの中でよりコアなユーザーに購入してもらいたいかなど、 ARPPU と CVR がどのように変動することが好ましいかは目的や状況によって異なります。

KPI の項目ではありませんが、[図2(3)]の7日間継続率も重要な指標の一つです。これは、ゲームに新規登録したプレイヤーのうち、7日後以降も継続しているユーザーの割合です。ゲームビジネスを長期的に運用していくためには、プレイヤーにゲームをインストールしてもらうだけでなく、日々継続して遊んでもらうことも必要です。一般的に新規登録から7日経過して継続して遊んでもらえていれば、そのプレイヤーは定着していると考えることが出来ます。7日間継続率が低いことを検知した場合、チュートリアルに離脱ポイントがないか、レベルデザインに問題があってある程度プレイヤーがゲームを進めたところで一気に難易度が上がり離脱に繋がっていないかなど、離脱要因の分析に繋げることができます。

以下の[図3]では課金要素であるガチャの売上推移を確認できます。ガチャはユーザーの課金要素であるため売上と密接な関係があります。ガチャの売上の推移とKPIの変化の両方を照らし合わせて確認することで、ゲームの改善内容やガチャで入手できるアイテムのアップデートが売上をはじめとする各KPIにどのように影響したのかを効率よく確認することができます。

図3:KPI分析シート/ガチャ回転数推移

以下の[図4]では、インゲームの要素であるイベントのエントリー人数の時系列の変化と合わせて確認することで、この例では実施したイベントが売上や DAU にどのような影響を与えたのか分析することがでます。またイベントごとの参加ユニークユーザ数を一目で確認することが出来ます。

図4:KPI分析シート/イベント分析

このようにゲーム内の施策がゲームビジネスにどのように影響しているかデータに基づいて計測し、当初の想定と比較することで改善点を導出して次の施策に繋げられていると、ゲームの企画運営にデータ分析を活用していると言えるのではないかと思います。

Amazon Quicksightの技術的なポイント

このダッシュボードでは、Amazon Quicksight の技術的なポイントが2点あります。1点目はKPIを計算フィールドを用いて算出していること、2点目は複数のデータセットに対してクロスデータセットフィルターを使用してダッシュボードを作成している点です。計算フィールドを用いることで、データの計算や集計処理したデータを準備することなく、ダッシュボードを作成するタイミングで実装することができ、変更も容易になります。このことにより、ゲームの機能開発が優先される中で後からデータ分析を導入する場合でも、データの前処理から可視化まで Amazon QuickSight で完結できます。また、クロスデータセットフィルターを使用することで、今回のダッシュボードのように複数のデータセットを組み合わせて使用するダッシュボードのフィルタ制御を単一のコントロールで行うことができます。ある施策がある期間にどのような影響を与えたか、ビジネスKPIからユーザー行動まで複数のデータセットに跨って分析をする必要があるため、それら複数のデータセットを単一のコントロールで制御できる機能はゲーム分析に適しています。

まとめ

本記事では、ゲームサービスにおけるデータ分析の重要性、データ分析基盤導入の課題と、その課題を解決しすぐにデータ分析を始めるための参考として Amazon QuickSight のデモをご紹介しました。ゲームサービスをビジネスとして成功させるためには、ゲームサービスを継続して改善しユーザーのニーズに応え続けることが求められます。この継続的な改善を迅速かつ的確に行うために、ゲームデザイナーの勘や経験から導出された定性的な情報だけでなく、定量的なデータを分析、可視化して組み合わせて活用することが重要です。

本記事がデータ分析基盤の導入、およびお客様のゲームビジネスの成功のお役に立てば幸いです。

著者/開発者紹介

坂本 達哉
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
テクニカルアカウントマネージャ

2021年にAWSに入社し、テクニカルアカウントマネージャ(TAM)として、ゲーム業界のお客様を中心に、 AWS 活用支援を担当しています。

 

渡邉 真太郎
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社
ソリューションアーキテクト

モバイルゲームの開発会社2社でサーバーサイドエンジニアとして従事し現職。
普段はゲーム業界向けのソリューションアーキテクトとしてゲーム開発に携わるお客様をご支援しております。