Amazon Web Services ブログ
Amazon Connect で 58% のコストダウン
※ この投稿はお客様に寄稿いただいた記事です。
ANA X について
ANA X は、ANA グループのプラットフォーム事業会社です。航空・旅行事業をはじめ、ANA カードに代表されるライフサービス事業を通じて培った顧客基盤を土台に、お客様の人生を豊かにするサービスを創造し、人の移動を通じて地域・社会課題の解決にも貢献していくことを目指して取り組んでいます。
ANA システムズについて
ANA システムズは、ANA グループを高度な技術力で支える、ANA グループ唯一の IT プロフェッショナル企業であり、エアラインビジネスに直結した企画・提案や大型プロジェクトの受託開発、空港や事業所への展開から稼働後のシステム運用保守まで、幅広い分野を担っています。私たち CX マネジメント部カスタマコミュニケーションチーム(以降 ASY と称す)は、ANA X の事業を支えるコンタクトセンターのシステム運営を行っています。
1. はじめに
ユーザー系システム企業である ASY は、長年にわたりシステムインテグレータ(SIer)などに大きな支援を得ながらコールセンターシステムを構築・運用してきました。近年のクラウドテクノロジーの進化により、自社での運営がより身近な選択肢となっています。私たちは、これまでのノウハウとその選択肢を生かし、オンプレミス型の PBX を中心としたコールセンターシステムから、クラウドベースの Amazon Connect にマイグレーションを成功させました。本記事では、その経緯と成功体験を共有し、読者が自らの力でシステム移行と運営を実現できる可能性について触れたいと思います。
2. 移行の背景と理由
ANA X 社が、Amazon Connect への移行を決定した背景には、以下の理由がありました。
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コスト削減
オンプレミス型は、PBX や IP 電話のハードウェア保守費、WAN 回線の使用料、オフィスのレイアウト変更に伴う IP 電話関連の工事費が嵩んでいました。さらに、約 5 年〜 6 年毎のハードウェアの老朽化対応も大きな負担となっていました。
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柔軟性とスケーラビリティ
オンプレミス型は、電話回線の追加やコールフローの変更が難しく、通信キャリアや SIer にそれぞれ委託する必要がありました。また、呼量が増大する台風のようなイレギュラー時においても旅行中のお客様からの連絡が繋がるよう、平常時は利用しない余剰回線を用意する必要がありました。
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自社運営の可能性
Amazon Connect であれば、電話回線の追加やコールフローの変更が容易なため、私たちの力でシステム移行と運営の可能性がありました。 ANA X 社は、これらの背景と将来的に AWS の各種サービスとの連携性を考慮し、最終的にクラウドベースの Amazon Connect への移行が理想的な解決策であると判断しました。
3. 定量効果
システム移行によって得られた具体的な定量効果を以下に示します。
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コスト削減
- 運用コストの減少:月々の運用コストが 58% 減少しました。
- フリーアドレス化:レイアウト変更にかかる電話工事費用が不要になりました。
- 老朽更新が不要:老朽更新が不要になりました。
- 外部コストの削減:コールフローの変更などにかかる外部コストが不要となりました。
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柔軟性とスケーラビリティの向上
- 柔軟性:電話回線の追加にかかるリードタイムを 75% 短縮しました。また、回線追加やコールフローの変更が Amazon Connect の管理コンソールを使用して 1 箇所で行えるようになりました。
- スケーラビリティ:ピークに合わせた余剰回線をユーザー側で物理的に確保する必要が無くなりました。併せて、余剰回線にかかるコストも不要となりました。
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運営効率の向上
- 実現可否判断の迅速化:ビジネスニーズに対する実現可否がその場で完結するため、判断に要する期間が不要になりました。
- システム変更の迅速化:コールフローなどシステム変更にかかるリードタイムを 50% 短縮しました。
図1 コスト構造の変革
削減したコストと期間の行方
容易になったコールフローの変更などを ASY の内部の人財で実施することで、外部コストを ANA グループ内部に振り替えることが可能となりました。また、老朽更新が不要になることで、初期導入コストの減価償却を終えた後は運用コストのみになります。次の老朽更新にかかるはずだった初期導入コストを投資に振り替えることができます。加えて、老朽更新の検討にかかる期間・工数そして人財を別の投資案件に振り替えていくことができます。
削減したリードタイムの行方
リードタイムを短縮することで、突発的なビジネスニーズに対応できるようになりました。また、ビジネスの意思決定からリリースまでの期間を短期化できるため、短縮された時間を別のニーズの検討に振り替えていくことができます。
4. 移行プロセスの概要
移行のプロセスは以下のステップで進めました。
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分析・計画工程
- 期間:約 6 ヶ月(2021 年 5 月〜 2021 年 10 月)
- PoC:約 100 名のコミュニケータが PoC に参加することで、IP 電話からソフトフォンへ移行することの不安感を軽減しました。また、要件定義にあたって、Amazon Connect が業務遂行の上で追加で必要となる機能のイメージを掴みました。
- 要件定義:Amazon Connect に追加で必要となる機能は開発することとしました。例えば、営業時間判定機能やコールリーズンの登録機能などを開発しました。ただし、開発する機能は必要最低限に留めました。
- RFI・RFP:マイグレーションの最大の課題の一つとして、これまでお客様にご利用いただいていた公開電話番号から移行できるかが大きな争点でした。得られる効果を優先し、既存で利用中の電話番号から新規取得する番号に移行することを前提に RFI・RFP を進めました。これにより Amazon Connect を選択肢に入れることができました。また、RFI・RFP では他のクラウドベースのコンタクトセンターソリューションとの比較検討も行い、コスト弾力性と各種サービスとの連携性が優位な Amazon Connect が選定されました。
- AWS プロトタイピングプログラム:ASY 内部の人財(フロントエンド担当 2 名、バックエンド担当 2 名、コールフロー担当 2 名)が機能を開発できるようになる必要がありました。AWS プロトタイピングプログラムの約 1.5 ヶ月のワークショップを受け、主要な機能のモックアップを作ることに成功した経験を踏まえたことで、自社開発と運営が射程圏内に入ってきました。
- エピソード:分析・計画工程前の企画によれば、分析・計画工程は 2020 年 5 月〜 2020 年 11 月を予定していました。新型コロナウィルス感染症の影響で、一旦プロジェクトが凍結され、2021 年 5 月に再開することなりました。その一方で、開発期間を短縮する必要があり、これが、クラウドベースの Amazon Connect に移行するきっかけの一つにもなりました。
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開発〜稼働工程
- 期間:5 ヶ月(2021 年 11 月中旬〜 2022 年 4 月中旬)
- 内容:追加機能 [2] の開発はアジャイル開発で6スプリントを約 2 ヶ月程度で行いました。追加機能には Amazon Connect のソフトフォンである Custom Control Panel (CCP) を拡張したカスタム CCP も含まれます【図2】。ANA X のネットワークから Amazon Connect に音声データを中継するインフラの開発も、追加機能の開発と並行してこちらも約 2 ヶ月程度で行いました。開発したインフラと Amazon Connect の整合性を検証するためのシステムテストに1.5ヶ月を要しました。その後、1.5 ヶ月のユーザートレーニングを経て、2022 年 4 月 27 日に初回の稼働を迎えました。
エピソード:開発期間中に、ビジネスサイドから羽田エリアにも受電エリアを追加したいという地域レベルでの追加のニーズが新たに生まれました。Amazon Connect の柔軟性とスケーラビリティでそのニーズに対応することができ、大変助かった経緯があります。もしこれが、オンプレミス型であったなら、設置場所・電源などのファシリティの手配、専用線の手配はもとより、多額の追加予算の調整など多くの付帯作業にリードタイムを要し、そのビジネスニーズにまず対応することはできなかったことでしょう。
図2 カスタム CCP
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本番移行と運用開始工程
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- 期間:約 3 週間(2022 年 4 月 27 日 〜 2022 年 5 月 13 日)
- 内容:約 40 個の電話番号を移行する必要があるため、慎重を期して段階的に移行させる方針としました。初回稼働は 2022 年 4 月 27 日 9 時、2 回目の稼働は 2022 年 5 月 12 日 9 時、3 回目の稼働は 2022 年 5 月 13 日 5 時 30 分です。
- エピソード:お客様が移行前の電話番号にお問い合わせされた場合は、新しい電話番号をご案内して切電する対応を取りました。この対応で、混乱もなくスムーズな移行が成功しました。また、コミュニケーターにおいても、PoC やユーザートレーニングでソフトフォンに十分に慣れていたことから、こちらも混乱なく運用を開始することができました。
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5. 成功のポイントと教訓
移行プロジェクトが成功した要因として、以下のポイントが挙げられます。
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明確なビジョンと目標設定
分析・計画工程を開始した 2021 年 5 月頃、ANA グループは新型コロナウィルス感染症による事業への大きな影響を受けていました。黒字化必達のビジョンの元、グループが一丸となって限られた予算と期限内にプロジェクトを完遂することを目標にしてきました。
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プロジェクトの結束
ビジョンと目標をプロジェクトとステークホルダー全体で共有することで、プロジェクトメンバー全員に共通の尺度が生まれました。例えば、あったらいいな的な機能は原則作らない、必要最低限の機能に留めるなどを意識しました。また、SIer に完全に依存せず、自社内で開発・運営するという強い意志を持つことで、プロジェクトの結束力が高まりました。
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柔軟な対応力
プロジェクト期間中に発生する問題に対して、柔軟かつ迅速に対応するための部門横断的なチーム体制を整えておくことが重要でした。例えば、羽田エリアへの追加要望に対しても柔軟に対応することができました。
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AWS のサポート
ASY が将来的にコンタクトセンターに対してどのように貢献するかの指針作り。プロジェクトを通じて発生する技術的課題への協働で解決。AWS プロトタイピングプログラムで私たちの開発する力と運営する力を強化。運用開始後に発生した問題への粘り強いサポート。これら多くのサポートが成功の重要な要素でした。
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6. 結論
私たちはこれらの経験を通じて、オンプレミス型の PBX からクラウドベースの Amazon Connect への移行が、コスト削減や柔軟性向上、運営効率の向上に大いに貢献することを実感しました。また、この記事の執筆時点では、AWS の AI サービスの活用なども進めており、AWS の各種サービスとの連携性のメリットを享受しています。この記事が、皆様にとって、自らの力でシステム移行とシステム運営にチャレンジするきっかけとなることを心から願っています。このチャレンジは、新たな成長の機会を提供します。失敗を恐れず、挑戦することで、組織は常に進化し続けることができると信じています。本記事が読者の皆様が更なる成功を収める参考になれば幸いです。
注釈
- [1] 構築コストには、音声プロキシーのコストも含まれるため、一般的に Amazon Connect で構築した場合は、オンプレミス型よりも低コストで構築できると考えられます。
- [2] 追加機能:現在においては Amazon Connect エージェントワークスペースなど多くの機能が標準で提供されているため、追加機能の開発は減ると思われます。
スペシャルサンクス
この執筆にご協力いただいた、私たちチームの方々
- ANA X株式会社 カスタマーコミュニケーション部 企画推進チーム リーダー 三澤 康之
- ANA X株式会社 カスタマーコミュニケーション部 企画推進チーム マネジャー 樋口 謙太郎
- ANA X株式会社 カスタマーコミュニケーション部 企画推進チーム 谷 芹茄
- ANA X株式会社 事業開発部 グロース・オペレーションチーム 江幡 里菜子
- ANA X株式会社 R&D 推進部 ライフソリューションチーム リーダー 深田 幸子
- ANA X株式会社 R&D 推進部 顧客システムチーム マネジャー 手島 千英香
- 全日本空輸株式会社 デジタル変革室 旅客システムソリューション部 基幹システムチーム 砂山 彩子
- ANA システムズ株式会社 CX マネジメント部 カスタマーコミュニケーションチーム 野地 恵美